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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)5473号 判決

原告 岸上泰治

右訴訟代理人弁護士 和田栄重

山本毅

被告 下枝昭美

右訴訟代理人弁護士 山本敏雄

小泉要三

宮井康雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し金一三、二九〇、〇三〇円および、うち金一二、二九〇、〇三〇円に対する昭和四七年一二月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同趣旨の判決。

第二、請求の原因

一、被告は下村工務店の商号を用いて建築請負業を営むもの、原告は昭和四三年四月頃から被告に大工として雇われ、被告の行う分譲住宅等の建築に従事していたものである。

二(一)、原告は、昭和四七年五月三一日午後一時三〇分頃被告の建築現場である大阪市生野区田島町二丁目二七六番地所在の木造瓦葺二階建建物の一階において右建築工事に従事していたところ、折から、被告に雇われ同建築現場二階で働らいていた左官職人の訴外倉本三吉が高さ約五メートルの右建物二階から、原告のいる一階に向けて直径約一〇センチメートル、長さ約六・五メートルの足場用丸太を投げ落とし、右丸太が一階勝手口から横に突き出ていた長さ二メートル余、一寸角の建築用角材に当り、その反動で右角材が飛んで原告の右眼部に命中し、よって原告は右眼部打撲傷等の傷害を負い、同月三一日から同年七月末日まで松本病院に入院し、手術および治療を受け、その後も同病院に通院し加療を続けたが完治せず、結局原告は右眼につき角膜白斑・虹彩前癒着・無水晶体・瞳孔偏位・視力〇・〇一、労災障害等級の後遺障害を被り、現在に至っている。

(二)、右事故は、被告の使用人たる訴外倉本三吉の過失行為により発生したものであるから、被告はその使用者として民法七一五条により原告の被った損害を賠償する義務がある。

(三)、なお、かりに右事故が右倉本の丸太棒落下行為により生じたものでないとしても、右事故は右倉本の指揮監督下に前記左官工事を共同で行っていた訴外下村仁が右倉本の指示により右丸太棒を落下したため、前記経過を経て原告が負傷するに至ったものであるから、被告は、前同様の事由により原告の被った損害を賠償する義務がある。

三、本件事故により原告の被った損害は次のとおりである。

(一)、原告は、本件事故当時毎月金一〇〇、〇〇〇円を下らない収入を挙げていたところ、右傷害により労働能力を四五パーセント喪失し、また原告は当時二八年余の年令であったから、事後三五年間以上就労可能なところ、右三五年間に原告が得べかりし利益の現価をホフマン方式により計算すると、次のとおり金一〇、七五五、一八〇円となる。

45000×12×19,917=10755180円

(二)、原告は、本件傷害により著しい精神的苦痛を被ったところ、これに対する慰藉料は次の額をもって相当とする。

1、原告の後遺症に対する慰藉料は原告の収入日額の四五〇日分をもって相当とすべきところ、原告の収入日額は金三、三三三円(前記月収の三〇分の一)であるから、右慰藉料額は金一、四九九、八五〇円となる。

2、また、一般に過失傷害事件被害者に対する入院および通院中の精神的苦痛に対する慰藉料は、その入院および通院期間によってこれを算定すべきところ、原告の右入院期間は二か月間、同通院期間は四か月間(昭和四七年一一月末日までとする。)であるから、原告に対する右入院中の慰藉料は金二五〇、〇〇〇円、また通院中の慰藉料は金二八五、〇〇〇円をもって相当とされる。

(三)、なおまた、本件事故の損害賠償に対する弁護料は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とされる。

四、原告は、昭和四七年八月二四日前記倉本三吉より本件事故の損害賠償として金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたので、これを前記後遺症による慰藉料の一部支払に充当した。

五、よって、被告は、原告に対し、右損害賠償として右四の合計額金一三、七九〇、〇三〇円から右五の金額を控除した残金一三、二九〇、〇三〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第三、被告の答弁

一、請求の原因に対する答弁

(一)、請求原因第一項記載の事実は認める。

(二)、請求原因第二項記載の事実のうち、訴外倉本三吉の被用人である訴外下村仁が足場用丸太を落下したため原告主張の事故が発生し原告が負傷したことは認めるが、その余は争う。

(三)、請求原因第三項記載事実は全部争う。

(四)、請求原因第四項記載の事実のうち、訴外倉本三吉が原告に対し金五〇〇、〇〇〇円を支払ったことを認め、その余は争う。

二、被告の主張

被告は、前記倉本三吉らの使用者でないので、本件事故につき使用者として賠償責任を負うものではない。

すなわち、訴外倉本三吉は、倉本左官工業所の名義で左官工事請負業を営み、被告が請負った建物新築工事のうちの左官工事を下請し、自己およびその使用人により右下請工事(左官工事)を遂行してきたものであり、それゆえ、被告は右左官工事の施行については一切を右倉本に一任し、同訴外人らに対し指揮監督する権限を全く有しなかったものである。本件傷害事故発生の基因をなす前記左官工事もまた、被告が請負った建築工事のうちで右倉本に下請させていたものであり、右倉本は自己およびその使用人訴外下村仁により右左官工事を遂行していたところ、右下村が作業中に過って現場家屋二階から前記足場用丸太を落下したため本件事故が発生したのである。

すると、本件傷害事故は、右倉本の使用人下村仁の行為により惹起されたものであり、したがって、被告の使用人の行為によって生じたものでないから、被告は右事故につき原告の被った損害を賠償する責任は全くない。

第四、被告の主張に対する、原告の反論

一、訴外倉本三吉は、被告の業務のうち左官工事のみならず、スクラップ打ち、材木等の整理および移転、棟上などの大工手伝をも行い、毎月被告から相当の給料を得ていたものであるから、右訴外人は被告に雇用されていた使用人であるといわねばならない。なお、被告は右左官工事につき右倉本と坪当り単価の取決めをしていたが、これは給与算定の基礎(出来高払制)を定めたものにすぎないものというべく、すると、被告は右倉本のした本件事故につき使用者としての責任を免がれない。

二、かりに、被告と右倉本との間の法律関係に請負関係が存したとしても、それはせいぜい右左官工事に関してのみであり、これをもって前項の雇用関係が一切否定されるべきものでないのみならず、右倉本は、長年にわたり被告に専属してその指示下に右左官工事を遂行してきたものであり、すなわち、右左官工事については外形上請負関係と見られる節もなくはないが、右倉本は被告の使用人と同視すべき関係の下に被告の支配監督を受けて右左官工事を行ってきたものであって、その実質は雇用関係であったというべきであるから、いずれにしても被告は本件事故につき右倉本の使用者としての責任を免れない。

三、なおまた、右倉本と前記下村仁とは右倉本の指示の下に共同して右左官工事に従事してきたものであり、かつ右倉本と被告との関係が前記のとおりである以上、かりに、本件事故の直接の原因が右下村の行為に起因するものであるとしても、被告は本件事故につき使用者としての責任を免れるものではない。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、被告が下村工務店の商号を用いて建築請負業を営むもの、原告が昭和四三年四月頃から被告に大工として雇われ、被告の行う分譲住宅等の建築に従事していたものであることは当事者間に争いがない。

二、まず、本件事故に至る経緯およびその発生原因について検討する。

≪証拠省略≫によると次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)、被告は昭和四七年春頃訴外清本某から、大阪市生野田島町二丁目二六七番地に二戸一棟建の二階建建物の建築を請負い、間もなくその建築を始めた。

(二)、同年五月三一日午後一時三〇分頃右建築現場一階において、原告は大工内装工事を行ない、また訴外倉本三吉は被告の依頼により(依頼の原因が雇用か、請負かについては後に明らかにする。)二階部分で外側荒壁塗布の左官工事を行っていた。

(三)、右倉本は、右左官工事施行の際、自己のほか、その雇入れにかかる訴外下村仁を補助として使用し、右工事を行っていたが、右工事の工程上、建築用足場となっていた長さ約六・五メートル、直径約一〇センチメートルの丸太棒が邪魔になったので、これを階下に落して除去しようと考え、まず右倉本自らが右丸太棒一本を落下させ、この際はなんら事故もなく、異常がなかったので、さらに、右下村に指示して同様の丸太棒一本を落下させたところ、右丸太棒が階下にあった長さ二メートル、一辺三センチメートル余りの建築用角材に当り、そのはずみで右角材が飛びあがって原告の右眼付近に当り、原告は右眼打撲症等の傷害を負つた。

右認定事実によると、原告は訴外下村仁が落下した丸太棒が建築用角材に当り、これが反動で飛びあがり原告の右眼付近に命中して負傷したものであり、およそ、建築現場においては、作業者は、他の作業者が同時に別個の作業を施行している可能性があるから、自己の作業によって他の作業者の作業は勿論、その生命、身体等に危害の生じないよう注意して作業を行なう義務があるところ、右下村は右注意義務に違反して右丸太棒を落下させたのであるというべきであるから、原告の傷害は右下村の過失行為を直接の原因として生じたものであることはいうまでもない。しかし、一方、右倉本も右下村に対し丸太棒落下の指示を行なう際、前同様の注意義務に反し右指示を行ったものであり、右倉本は右指示行為につき過失があるというべく、原告の被った傷害は、右指示行為を間接の原因として生じたものであること明白であるから、結局原告に対する過失傷害は右下村および右倉本の共同過失行為に起因するものであり、したがって、右倉本は過失による指示行為者として原告の被った損害を賠償する責任のあること明白である。

三、ところで、原告は、被告が右倉本の使用人であるから、右事故により原告の被った損害は被告が賠償すべきである、と主張し、これに対し、被告は、右倉本は被告の請負った建築工事のうち左官工事を下請しているものであり、両者間の法律関係は請負であるから、被告が右倉本の使用者として原告の被った損害を賠償すべきいわれはない、と抗争するから、被告と右倉本間の法律関係について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(一)、訴外倉本三吉は、およそ十数年以前より倉本工業所の名称を用い職人一、二名を雇入れて左官業を営んでいたところ、昭和四一年頃土建材料販売業を営む訴外川端輝男の紹介により、被告の営む建築工事のうち左官工事をさせてもらうようになった。

(二)、右倉本は、右左官工事のうち比較的規模の小さい工事については、極く稀に、いわゆる常傭として日当を決めて稼働するということもあったが、大部分は予め坪単価を決め出来高によって被告から金員をもらうという方法で右工事を遂行していたのであり、また、右工事遂行のため、右倉本は自ら雇入れた職人を補助者として使用した。本件の左官工事も坪単価を定めて工事に取掛り、かつ自己の雇入たる訴外下村仁(当時一七年位)を補助者に使用したが、右工事の遂行については倉本自身の判断によるべく、被告からはなんらの指揮監督もうけなかった。また、右倉本は、本件左官工事を含めて坪単価を決めて左官工事を行ったときは、自ら左官材料の仕入れ、および代金の決済を行い、それゆえ、被告は右仕入関係につき全く関与しなかった。

(三)、右倉本は、概ね被告に専属して右左官工事を行い、他の事業所の左官工事を行うことは少なかったが、それでもなお、被告の左官工事が途切れることがあり、他方被告の大工工事等に手不足が生じたときは、いわゆる常傭として日当を定め足場組み、キストン打、材料等の片付などの仕事に従事することがあったが、その延日数は、左官工事を常傭で行う場合をも含め一年間のうち一か月間程度に留った。

(四)、右倉本は、独立の事業者としていわゆる労災保険に加入しておらず、したがって、自己雇入の職人が労災事故をおこしたときは、これまでの慣例により、被告の事業場で生じた労災事故については被告の労災保険を使用させてもらっていた。また、右倉本は所轄の税務署に対し、被告から受領する金銭中、常傭として稼働したことにより受領したものは給料の名目で、また坪単価を定めて行った左官工事により得た収入を請負利益の名目でそれぞれ所得申告し、(昭和四七年度の申告額は合計約九四万円)、なおまた、右倉本は被告から受ける請負代金等の中から自己の職人に対し給料を支給していた。

(五)、被告は雇入れた職人についてはすべて日給制をとっており、毎月一五日と月末の二回に分割して給料を支払い、一方、左官、タイル加工等請負工事業者に対しては代金を毎月二〇日締切、翌月一五日一回払の方法により支払われ、右倉本に対しても、後者の一回払の方法をとられていた。

右事実が認定でき、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、右倉本は元来倉本工業所の名称を用い、職人を雇入れ、独立企業として左官工事業を営んでいたのであり、本件事故当時被告の左官工事をほぼ専属的に行っていたが、他面右左官工事の収入については坪単価によることが殆んどであり、かつ、右倉本は左官工事については被告の指揮監督を受けることなく、自らの責任において自己雇入れの職人を補助者として用いて右工事を完遂し、かつ仕入材料の選択、決済を行い、税務署に対しても独立の企業者として所得申告し、本件の左官工事等による収益については請負利益として計上していたものであり、そうすると、極く小規模の常傭形式により施行したものを除き、一般に左官事業に関し被告と右倉本間の契約関係は請負であり、かつ、この請負関係が右両者間の基本的な法律関係をなしているものといわねばならない。

勿論、前判示のとおり、右倉本は当時常傭としても被告に稼働していたことは明らかであるが、他面、右常傭は一年間のうち一か月程度にすぎず、全体に対し占むる率も極めて僅かであったと認むべきであるから、むしろ右常傭はその必要の都度臨時に雇入契約が成立して稼働するに至っていたものというべく、これをもって継続的な雇用契約が成立したと認めることは無理であり、それゆえ、右常傭の存在が前記請負契約関係を否定する資料をなすものとは考えられないところである。また、右倉本が労災事故のあった自己雇入の職人に対して被告の労災保険の受給を受けさせていたことは、前判示のとおりであるが、それは、その当否は別として、右倉本の企業が小規模零細な企業であったことから、労災保険等の諸掛については相互互助の精神から元請事業者たる被告において負担する約束(少なくとも黙示的合意)が成立していたものと認めるのが相当であり、この一事をもって右請負契約の存在を否定する根拠とは到底なしがたいところである。他に右請負契約関係を否定する根拠となる資料は全く存しないところである。

そうすると、被告と右倉本間の本件左官工事関係は請負関係であり、かつまた、被告は右倉本の右左官工事の遂行につきなんらの指揮監督権を有しないものと認むべきであるから、被告は右倉本の前記不法行為につき使用者として責任を負担するいわれはないものというべきである。なおまた、本件事故の直接の原因は右下村の丸太棒の落下行為に存するが、右下村と被告間には直接雇用等の法律関係がなく、また被告と右倉本間の本件左官工事上の法律関係は請負にすぎず、かつ被告は右倉本および下村に対し直接指揮監督も有しないから、被告が右下村の行った不法行為に対し責任を負担すべきいわれはない。

四、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく、失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 砂山一郎)

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